《王騎物語》秦の怪鳥が残した3つのもの【泣】

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キングダム 人物紹介

名前  王騎 (おうき)
秦国の将軍(元 六大将軍)

秦王が昭王だった時代に武将として台頭し、大将軍まで登り詰める。
中華全土で恐れられている実力者。

信は会ったばかりの頃は「唇将軍」と悪口を言っていたが、次第にその偉大さを知る。

王騎将軍

昭王死後。羽を休める怪鳥 王騎将軍

昭王(しょうおう)が健在だった時代。
王騎(おうき)は戦争の自由を与えられた六大将軍のひとりだった。

戦神(いくさがみ)と呼ばれた昭王も老いには勝てず紀元前250年死去。
そのと 孝文王(こうぶんおう)荘襄王(そうじょうおう)と2代に渡り王騎は戦場から退く。

王騎は仕えるべき王を探していた。

荘襄王が亡くなると 嬴政(えいせい)が即位する。
その翌年に起きたのが政の弟である 成蟜(せいきょう)の反乱である。

王騎は成蟜側に付いた。
だが、王騎が成蟜に協力する理由はない。

嬴政が仕えるべき王であるかを見定めていた。

王騎が望む王とは中華統一を目指す王。

成蟜の反乱を鎮めた嬴政の目は”中華への道”をとらえていた。

中華の道をとらえる政

蛇甘平原に現れる王騎 王騎の戦術眼

紀元前245年に秦軍と魏軍による 蛇甘平原(だかんへいげん)の戦いが始まる。

信は初陣として 麃公(ひょうこう)軍第四軍  縛虎申(ばくこしん)隊に所属する。
縛虎申は地の利である丘を奪取するも命を落とす。

その丘に兵数で劣勢だった秦軍の前に、王騎は突如訪れる。
その理由を王騎は「援軍ではなく見晴らしいの良い丘に登りたかった」と語る。

しかし真の目的は”知略型の 呉慶(ごけい)魏軍(ぎぐん))” 対 “本能型の 麃公(ひょうこう)秦軍(しんぐん))”の戦いを行く末を見るためである。
王騎が地の利である丘を占拠することで戦は単純化した。

つまり武将の個々の力が試される闘い。

麃公軍は強行突破し麃公と呉慶は一騎打ちとなる。
激闘の末、呉慶は戦死する。
呉慶の戦死

王騎は自分が丘を占拠することで麃公が勝つことを読んでいた。

そして丘ではもう一つの出来事があった。
それは信と王騎の出会いである。

ここで信は憧れる”将軍と名の付く人物”と初めて出会う。
信は王騎から「戦は数ではなく人」と教わる。

信に”将軍になるためには足りないものがある”と気付かせる言葉だった。

信が王騎に修行を嘆願する

信が夢見るのは天下の大将軍。
そんな信に六大将軍として天下を恐れさせた王騎は憧れの人物になった。

信は 蛇甘平原(だかんへいげん)の戦いで王騎に「勢いが先行している」と言われ、
羌瘣(きょうかい)には「お前の戦いは勇敢ではなく”無謀”だ」と言われていた。

自信過剰だったと感じた信は”無謀”にも王騎に修行を嘆願する。

しかし王騎は”無謀にも” 将軍を夢見る少年が嫌いではなかった。

王騎に夢を語る信

王騎は信に内戦している100人ほどの集落を 平定(へいてい)させる修行を命じる。
信はこの修行で武の力ではなく” (しゅう)の強さ”と”率いること”を学ぶことになる。

秦の危機に眠れる”秦の怪鳥”王騎が動き出す

蛇甘平原の戦いから翌年の紀元前244年。
(しん)国は (かん)国に対して20万人の大軍を送る。

秦国は隣接国の (りょう)()()ともに攻め入れないと考え内部が手薄になってしまう。
その隙を趙が見逃さず12万の精兵が秦国に攻め入る。

秦国はこの危機に10万の緊急徴兵する。
そして 昭王(しょうおう)の死後前線を離れていた王騎が復帰し総大将となる。

趙軍の総大将は 龐煖(ほうけん)
龐煖は王騎が愛する (きょう)将軍を倒した人物。
王騎は龐煖との決着の場を復帰戦に選んだ。

王騎が信の百人隊に対し”飛信隊”の名を授ける

(ちょう)国と戦う王騎は”敵の駒を減らす”作戦にでる。
“駒”に選んだのは趙軍二万を率いる 馮忌(ふうき)将軍。

作戦は王騎軍第四軍長の 干央(かんおう)が正面から攻め、側面から信が率いる百人隊が不意を衝き馮忌を討つ。
この時、信が率いる隊を 飛信隊(ひしんたい)と名付ける。

王騎の作戦は見事にハマり、飛信隊は馮忌の首を打ち取る。
飛信隊が馮忌を討つ

これが王騎の復帰戦一日目の出来事。

王騎の作戦は四日目で誤算が生まれる。

戦場の二日目、三日目は 蒙武(もうぶ)軍が活躍する。
この活躍により王騎は全軍を蒙武に一任することを決める。

これが王騎の誤算の始まりである。
隠れて趙軍を指揮していた三大天である 李牧(りぼく)の存在にまだ気づかずにいた。
逃げ続ける趙軍に対し、蒙武は武力に頼り突撃を繰り返す。

これを趙軍の策士である 趙荘(ちょうそう)と李牧は見逃さない。
さまざまな策により蒙武軍は多くの兵を失うことになる。

蒙武を救うため、王騎は自ら指揮をとり最前線に向かう。

李牧は王騎を最前線に引き出し龐煖と一騎打ちさせることが目的であった。

因縁の対決 王騎VS龐煖

秦国が韓に侵略する9年前。
王騎(おうき)の愛する (きょう)将軍は 龐煖(ほうけん)の単独突破により戦死した。
その時、龐煖は王騎に傷を負わされ始めて敗北を味わった。

二人にとって因縁の対決である。

王騎の龐煖は一騎打ちとなり、凄まじい闘いをする。
王騎の死闘

そんな死闘の中、 李牧(りぼく)は四万の援軍を率いて現れる。
このとき既に王騎軍は六千。

王騎軍は四万の敵の出現により、士気が落ち戦いは一方的なものになる。
王騎が生き残るためには龐煖を討ち、四万の趙軍を突破しなければならない。

王騎と龐煖の一騎打ちは王騎の優勢に見えたが、李牧の副将である 魏加(ぎか)の矢が背中にささる。
その一瞬を龐煖は見逃さなかった。
王騎討たれる

六将として中華から恐れられていた王騎は”まさかの復帰戦”で命を落とす。

秦の怪鳥 王騎が残したもの

王騎は自分を策に嵌めた (ちょう)国の将である 李牧(りぼく)に一目置いた。
「しばらくは李牧を中心に中華は回る」と予言する。

しかし王騎は死ぬ間際に「乱世の世は面白い」と笑う。

王騎は死後に3つのものを残す。

ひとつ目は飛信隊の信に愛用していた矛を。
その後、王騎将軍の背中を追い掛け、いつか矛を使えるように訓練する。

王騎の矛を受け取る信

ふたつ目は秦国に (とう)副将を初めとする優秀な王騎軍団。
その後、王騎軍団から優秀な武将が台頭し秦国を支える。

蒙武(もうぶ)は自分の力を信じ突撃を繰り返し、趙軍の策にはまり敗戦の原因を作る。
王騎に命を救われた蒙武の戦いは変貌する。

騰に託す王騎

三つ目は昭王(しょうおう)の遺言を政へ。
「奪い取った地にある民は奴隷に非ず。
虐げることなく自国の民として同様に愛を注ぐ」

政にその言葉に”中華統一する王の姿”を見る。

昭王の遺言を政に託す

王騎は 嬴政(えいせい)・信・王騎軍団の後進の育成を果たし、託せるからこそ笑って死ぬことが出来た。

そして・・・王騎は誓う

王騎の誓い

王騎華やかに散る