《蒙驁将軍物語》才能無き者が大将軍になれた理由【泣ける】

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キングダム人物紹介

名前:蒙驁(もうごう)

蒙驁紹介

(せい)国に生れ後に (しん)国の将軍になる。
息子に 蒙武(もうぶ)
孫に 蒙恬(もうてん)蒙毅(もうき)
副将に 桓騎(かんき)王翦(おうせん)を抱える

愛称は 白老(はくろう)

幾多の国を渡り歩き逃げ続けた

蒙驁(もうごう)(せい)の国に生まれ武将としての道を歩む。
しかし元 (ちょう)国の 三大天(さんだいてん)の一人である 廉頗(れんぱ)に負け続け武将として目が出なかった。

蒙驁(もうごう)は武の才に恵まれていない。

(さい)での出世を諦め、各国を転々として秦国へたどり着く。

(しん)国で花を咲かせた蒙驁(もうごう)は大将軍まで駆け上がる。

そしていつの日か秦国の 城戸村(じょうとむら)の子供であった (しん)(ひょう)の耳にもその名は届く。
秦国に蒙驁の名が響く

秦国の大将軍になった蒙驁の評判

大将軍になった蒙驁(もうごう)の評価は決して高いものではない。
昌文君(しょうぶんくん)は蒙驁を「極めて 凡庸(ぼんよう)な将軍」と評価する。

迎えた (かん)侵略戦。
凡庸な蒙驁は破竹の勢いで1カ月に十一の城を落とす。

これには訳がある。
蒙驁には二人の副将がいる。

ひとりは 桓騎(かんき)
もうひとりは 王翦(おうせん)
二人とも時代が違えば六将になれると噂される人物。

そして六将の 王騎(おうき)も認める存在である。
王騎がライバルと認める 廉頗(れんぱ)に言った。

「戦に退屈したら蒙驁軍と戦え」

王騎が評価していたのは蒙驁ではない。
二人の副将の才能を認めていた。

極めて凡庸(ぼんよう)と言われた蒙驁(もうごう)は優秀な副将によって支えられていた。

山陽平定戦に挑む蒙驁将軍

紀元前242年。
秦国は ()国の 山陽(さんよう)を侵略する。
八万の軍を率いる総大将に蒙驁が任命される。

副官である桓騎(かんき)王翦(おうせん)はもちろん、 飛信隊(ひしんたい)(隊長:信)・ 玉鳳隊(ぎょくほうたい)(隊長: 王賁(おうほん))・ 楽華隊(がくかたい)(隊長: 蒙恬(もうてん))の若き将が帯同する。

蒙驁軍は最初の城” 高狼(こうろう)“を攻めるも苦戦を強いられる。

多くの被害を出し慌てる者に蒙驁は穏やかに言う。
「あとで気付いた部隊の見舞いに回ることを忘れないように」と。
策もなく隊を励ます蒙驁

窮地に対する対策ではなく、励ましの言葉に部下は唖然とする。

そして蒙驁(もうごう)の孫であり、軍略にも長ける蒙恬(もうてん)は言う。

「白老の戦いは奇策なしの 常套(じょうとう)戦法のみ」と。

大将軍の蒙驁は穏やかに部下を見つめるだけだった。

一度も勝てなかった因縁の対決に怯む蒙驁将軍

蒙驁軍は部下の活躍により、魏の城である 高狼(こうろう)虚中(きょちゅう)虚西(きょさい)を攻め落とす。

()王である 景湣王(けいびんおう)は対応するためある人物を呼び出す。

それが元(ちょう)三大天(さんだいてん)である 廉頗(れんぱ)
廉頗は紛れのない武の天才。

この情報は瞬く間に蒙驁(もうごう)の耳に入る。
蒙驁は動じることはない。
いや、動じないように振る舞った。

蒙驁には勝つ策が見当たらなかった。
廉頗の参戦にただただ怯む

蒙驁の不思議な癖 それは現実逃避

蒙驁(もうごう)の不思議な癖。
それは大きなプレッシャーがかかると癖が出る。
夜営のとき、一般歩兵に化けて陣内を徘徊する。

蒙驁は将軍の甲冑(かっちゅう)を外すことでプレッシャーから逃げることができた。

まさに現実逃避。

その現実逃避の最中に信と出会う。
悩む蒙驁は老人同志のケンカに例え信に相談をする。

今まで一度も勝ったことがないこと・・・。
更に力の差が開いたこと・・・。

そしてもう一度戦うことになってしまったこと・・・。

常に前を向き、がむしゃらに進む信は白髪の老人歩兵に言う。

“じーさんの一発逆転の好機が生まれた”と。
信のアドバイス

蒙驁のピンチはチャンスに変わった。

廉頗に立ち向かう蒙驁の策

蒙驁(もうごう)廉頗(れんぱ)を前にひとつの策を打つ。

戦場の現場で臨時的に若き将を昇格させた。
王賁(おうほん)率いる玉鳳隊(ぎょくほうたい)
蒙恬(もうてん)率いる楽華隊(がくかたい)
(しん)が率いる飛信隊(ひしんたい)

三隊とも三百人将から千人将へ昇格を告げる。

特に飛信隊は他の二つ隊に比べ武功に劣る。
それでも蒙驁は独断で飛信隊を昇格させた。

そして飛信隊にはノルマを課した。
「千人将の三人、もしくは将軍の首をあげろ」
「落とせぬ場合は 伍長(ごちょう)からやり直しだ」と。

事実上、飛信隊解散を意味する言葉。
まるでピンチをチャンスに変えてみろと蒙驁が伝えるように。

信に迷いはない。
“信が狙うは総大将廉頗の首”

信が狙うは廉頗の首

廉頗を前にした才無き蒙驁の作戦

一度も勝てなかった廉頗(れんぱ)に対して蒙驁(もうごう)将軍は策を打つ。

それは”守備”
本陣が破られない限り、戦は負けにはならない。

その為に守備に徹する。

兵に向けて蒙驁は言う。
”わしを守り抜けばおのづと勝つ”と。

しかし作戦とは言えない作戦に兵達は驚く。

蒙驁は兵に向けて続けて命じた。

“自分たちの命こそ絶対に守り抜け”
”よいな。我が兵達。我が兄弟。我が息子達よ”と。
蒙驁の兵に対する想い

その言葉に兵は熱く奮い立つ。

蒙驁の”常勝戦術”であるもう一つの策

蒙驁(もうごう)VS廉頗(れんぱ)の戦いは序盤は一進一退だった。
しかし廉頗の才能は揺るぎない。

副将の一人の王翦(おうせん)は砦で足止めされた。
もう一人の副将である桓騎(かんき)は行方知れず。

その間に本陣の背後を襲う廉頗(れんぱ)
蒙驁は守備固めを行うも突破される。

蒙驁軍が敗れるのも時間の問題。

この窮地を前に蒙驁は言う。
“これこそが蒙驁軍の戦いである”

蒙驁のひとつ目の策であった”自分たちの命こそ絶対に守り抜け”とは副将である桓騎・王翦への信頼の証。

“必ず副将が敵陣を討つ”

そう信じてのが蒙驁の戦い方。

蒙驁の策は副将への信頼

蒙驁の策は”兵を愛する気持ち”と”副将への信頼”で成り立っていた。

廉頗との一騎打ちで敗れるも、戦で勝つ蒙驁

廉頗(れんぱ)(しん)の本陣の背後を攻め、蒙驁との一騎打ちになる。
一時は意地を見せた蒙驁だったが片腕を失う。

敗北を覚悟した瞬間。

その時、桓騎(かんき)は魏本陣を落とした。
そして王翦(おうせん)は秦軍の本陣に入った廉頗の背後を狙う。

建て直しが不可能だと悟った廉頗は負けを認め和睦を申し入れる。

秦国は蒙驁の策により目的であった山陽の地を落とす。

天寿をまっとうした大将軍の偉大な才能

紀元前240年。
(しん)の元に蒙驁(もうごう)危篤の知らせが入る。

蒙恬(もうてん)と合流し蒙驁の元へ向かう。
着くと蒙驁は床に臥せていた。

蒙驁は蒙恬と信に最後の言葉を継げる。
”蒙恬と信と王賁(おうほん)。三人で一緒に高みに登れ”
蒙驁が認めた人物

蒙驁にはもう一つの才能がある。
それは人の才を見抜く能力。

蒙武(もうぶ)は語る。
“人を見る目は天下に比類ない”

その蒙驁は”蒙恬”と”信”そして”王賁”の名を上げた。

そして蒙驁軍の副将。
桓騎(かんき)は元々は”野盗集団を束ねた首領”
王翦(おうせん)は”王の座を狙う危険思想の持主”

誰もが才能を認めながら扱いきれぬ存在。

なぜ蒙驁が副将を束ねることができたのか?

蒙驁(もうごう)の死を嘆く人の数が物語る。

愛され慕われていた大将軍