《河了貂物語》テンは戦いはいつも孤独との戦い【泣ける】

スポンサーリンク

キングダム人物紹介

名前 河了 貂(かりょう てん)
出身 山界(さんかい)生まれ 秦国 黒卑村(こくひむら)育ち
山民族(やまたみぞく)梟鳴(きゅうめい)の末裔。
後に飛信隊に所属

河了貂紹介

河了貂の生い立ち

河了 貂(かりょう てん)黒卑村(こくひむら)という乱暴者が集まる村で育つ。

暴力・人殺し・窃盗が日常的に行われる村。
そんな土地で祖父と二人で暮らすが、5歳という幼少期に祖父が他界してしまう。

河了貂_じーちゃんとの別れ

祖父の亡くなると天涯孤独の身になるが、祖父の遺言である「なにがあっても生き抜け」という言葉を胸に生きて行く。

生活の為に悪党達の見張り役を買って出ることで小銭を稼ぐ。

つまり犯罪の片棒を担ぐことで生計を成り立たせた。

そして学べるものはなんでもした。
文字の読み方書き方、そして歴史については村の元役人から教わる。
生きるすべは悪党からの知恵を盗む等、出来ることは何でも行う。

逆に何でもすることしか、河了貂(かりょうてん)には選択することが出来なかった。

そんな河了貂が胸に秘めた思いは「いつか きっと いい事が ある」

河了貂は黒卑村からの脱出

河了貂(かりょうてん)はまだ子供であり 黒卑村(こくひむら)で孤独を感じる日々を送っていた。

いつものように村に侵入する者を見張る。
そんなある日のこと。

(てん)の前に現れた人物は、みすぼらしい格好した少年(信)である。
少年は木刀で黒卑村の悪党を叩きのめす。

黒卑村の悪党と戦う信

少年が向かった先の小屋で秦王(しんおう)(せい))を名乗る人物と出会う。

王は弟である 成蟜(せいきょう)謀反(むほん)により追われる身でであった。

は「王を助ければこの生活を変えられるかも・・・」と思い (しん)と共に (せい)の脱出に加担する。

しかしこの後、(てん)の本当の目的が分かる。

河了貂の目的は王の脱出させることのように見えたが、本当の目標は孤独からの脱出だった・・・。

同郷のはずの山の民にも居場所がない河了貂

反乱軍に追い込まれ (せい)(しん)と共に 黒卑村(こくひむら)から逃げる。
そこで唯一政の味方をする昌文君とその少ない私兵と合流する。

政は王座奪還に向けて山の民に協力を願い出る。
山の民とは戦闘民族であり、河了貂(かりょうてん)の故郷でもあった。

山の王である 端陽和(ようたんわ)は政の力説に心打たれ共に盟を結ぶ。
河了貂は山の民と共に行動する。

しかし山の民は河了貂(かりょうてん)の服装を見ても反応がない。
山の民の中では自分の居場所がないと感じていた。

政は王座奪還後、河了貂は山界に戻らず信と暮らす。

山民族の河了貂が祖父と黒卑村に流れ着いた理由・・・

河了貂(かりょうてん)は山民族・ 梟鳴(きゅうめい)の末裔である。
梟鳴(きゅうめい)(きゅう)は”ふくろう”と読む。

貂が(みの)をまとい”ふくろう”の恰好をしているのは、祖先の民族衣装からきている。

なぜ河了貂は祖父と一緒に黒卑村(こくひむら)に流れ着いたのか・・・。

それは山界の争いの中で梟鳴(きゅうめい)は攻め込まれた。
祖父が河了貂を連れて逃げ込んだ村。
それが黒卑村だった。

梟鳴を滅ぼした人物が楊端和(ようたんわ)である。
戦争孤児を生んだ責任を感じてか・・・楊端和は河了貂を受け入れることを決めていた。
楊端和は河了貂を受け入れる

しかし河了貂(かりょうてん)は山の民ではなく、信の元を向かう。

河了貂 軍師への道

政が王座奪還後、信は初陣へ向かう。
蛇甘平原(だかんへいげん)の戦い)
同じ 城戸村(じょうとむら)から参戦した者の多くが亡くなる中、信は生き残り敵将の首を持ち帰る。
これで信は一般歩兵から一気に百人将に昇格する。
初陣で死闘した信は剣術も成長していた。

しかし河了貂(かりょうてん)は喜ぶことが出来ず寂しさを感じる。

信の成長を感じる河了貂

黒卑村(こくひむら)を出た後、信だけではなく (せい)(へき)昌文君(しょうぶんくん)も命がけで戦っていた。

自分だけが前に進んでない。
非力な自分には付いていけない。

河了貂はまたひとりぼっちになった。

孤独を感じる河了貂

河了貂は 羌瘣(きょうかい)の助言により、皆と戦うため、ひとりぼっちにならないため、軍師の道を進む。